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2013.07.08 Vol.5 New Moon / for 77 greenz people
祝7周年記念スペシャル!ということで、ちょっと懐かしい話を集めてみました。
今回も greenz people のみなさまに、「グリーンズのつくり方」をお届けします。


「リトルトーキョー」のお披露目会は7月26日(金)午後!


<vol.5号(新月号)>の目次

FEATURE / シキタ純さんと語る「グリーンズができた頃の話」
LIST / 編集長YOSHが選ぶ「グリーンズ史に残る伝説の記事」
COMMUNITY / モリジュンヤさんに聞く「グリーンズをつくるということ」
Q&A / フクヘンおのっちへ質問「手料理はだれに習ったの?」

 

FEATURE

7月16日でグリーンズは7周年!
シキタ純さんと語る「グリーンズができた頃の話」

with Kiyoshi Shikita / interview by Nao


「エコスゴイ未来がやってくる!」という大命題?を掲げ、
2006年にローンチしたグリーンズ。

その7年の歴史は、共感を伝えるソーシャルメディアの台頭や、
金融危機、東日本大震災など価値観を揺さぶる数々の社会的な出来事、
それをきっかけとしたソーシャルデザインの広がりなど、
劇的な変化とともにありました。(僕たちにもたくさんの紆余曲折がありました...)

果たすべき役割を持ってグリーンズが誕生し、
ワクワクしながら今まで続けることができているのも、
礎をつくってくれた、たくさんの尊敬すべき先輩たちのおかげでもあります。

そこで7周年記念号となる今回は、グリーンズのそもそもの発起人
BeGood Cafeのシキタさんをゲストにお呼びし、
グリーンズができた頃の話をしてみようと思います。(なお)



BeGood Cafeのシキタ純さん

鈴木 お久しぶりですね。
今日はよろしくお願いします!
 
シキタさん こちらこそ、よろしくお願いします。
 
鈴木 おかげさまで、グリーンズは
7月16日で7周年になるんですよ。
 
シキタさん もう7年か、早いね。
 
鈴木 シキタさんと初めて会ったのは、
2002年ごろでしたね。
 
シキタさん BeGood Cafeのイベントかな?
 
鈴木 そうです。

僕が「ソトコト」の編集部に入社するときに、
市民が主役の新しい形の活動が広まるだろう、
という企画書を持って行ったら、
編集のへの字も知らないのにいきなり
その特集を任されることになって。

いろいろ調べているうちにBeGood Cafeを知って、
イベントの取材に行ったんです。

そしたら参加者が100人くらいいて、
面白い人がいっぱい来ていて、
「そうそう、これなんだよ、次の時代は
こういうところから生まれてくるんだよ!」
って思いました。

その後も足繁く通いましたね。
 
シキタさん ソトコトの販売コーナーもあったね。
 
鈴木 仕事としてなら毎回参加できると思って、
ソトコトを持って行って、売っていましたね。

そのうちにみんなと顔見知りになって、
ケータリングをやっている人とか、
占いとかミュージシャンの人とか、
これまでの「環境」という文脈とは
全然ちがう人たちばっかり集まっていて、
これは面白いと思いました。
 


BeGood Cafeのイベントの様子(谷崎テトラさんのブログより

鈴木 BeGood Cafeは1999年からでしたっけ?
 
シキタさん はい。1998年の秋に獅子座流星群が見れるって聞いて、
友人と八ヶ岳に見に行ったんです。
流れ星をいっぱい見ようという不思議な状況で、
みんなで横になって夜空を見ていて、
これから地球がどうなるとか、そういう話になって。

それで自分のできることからはじめようと思って、
翌年の1月から毎月一回、地球上の問題を
みんなでシェアするイベントを開くことにしました。

それまで地球の問題を考えようというと、
区民会館の和室3号室でやろうみたいなイメージだったので、
それじゃぁ誰も来ない。

僕は若者と語りたかったから、
それなら原宿だと思って、
当時ラフォーレの前にあったカフェが、
木曜なら空いていると聞いて、
木曜の夜に奥の席で始めました。
 
鈴木 木曜日!僕たちが開催している
green drinks Tokyoも木曜日なんですよね。
最初はどのくらい集まったんですか?
 
シキタさん 20人くらいだったけど、
そういう地球のことについて話す機会が
当時はなかったから、だんだん増えていって、
80人くらいになったかな。

2000年からは代官山に場所を移して、
そのときは毎回150人くらい来ていました。
 
鈴木 ゲストトークのほかに、
ライブとかもありましたね。
 
シキタさん 地球を考える会だけど、発想を変えて、
DJとかVJも入れて思いっきり
クリエイティブにオシャレにやりました。
いまでもあそこまでのイベントはないのでは?

で、昼すぎから夜までやっていたから
お腹が空くだろうと、美味しい
オーガニックフードのケータリングも頼んで。

あとお店をやりたい人が出てきたからブースをつくって、
じゃあそれを地域通貨でやろうとなったり。
来場者は一番多いときで450人来ましたね。
 
鈴木 すごいですよね〜。
すごく華やかでクリエイティブな雰囲気があって、
初めて来た人はノックアウトされるような
すてきなイベントでした。
 
シキタさん 100回やろうと思って続けていたんだけど、
99回で止めているんだよね。
いつかまた100回目をやろうと思っているんだけど。
 
鈴木 BeGood Cafeは新しいことを実験する人に。
チャンスを与える存在でしたね。
実験してうまくいったことも、
うまくいかなかったことも、
活用して次のステップに進んでいく場というか。

そこでつながった人たちとは、今でも会うと
共有している何かがある感じがします。
 
シキタさん A SEED JAPANとか、
環境の活動をしている団体は僕らの前からあったけど、
BeGood Cafeが始まった1999年頃は
いわば「ソーシャル2.0」の時代でした。
Think the Earthとかナマケモノ倶楽部
同じころに始まったんじゃないかな。
 
鈴木 ソトコトも99年からです。
 
シキタさん そう、ちょうど流れの転換点で、
21世紀間近にしてそろそろ変わらないとって
思ったんじゃないかな。

僕らがソーシャル2.0なら、
グリーンズは3.0で、
今は4.0が生まれているんだろうね。
 


2006年当時のYOSH、菜央、シキタさん

鈴木 「個人が主役」とか「個人で発信する」とか、
今は当たり前に思われているけど、
BeGood Cafeが、新しい文化のはじまりでしたね。

ソトコト辞めたときも、これからは
個人が力を持って発信できる時代だから、
そういうことをやりたいと思っていたけど、
お金も技術もないしどうしようかなと
思っていたときにシキタさんが
「うちでやりなよ」って言ってくれたんです。
 
シキタさん もともとは2004年くらいのブログブームが
始まったころに、菜央くんに
「発信力がパーソナルなものになっているから、
これから個人の力がもっとパワフルになる」って言われて、
ネット発信の可能性を感じていました。
 
鈴木 それで2006年に最初の打ち合わせがあって、
YOSHと初めて会った。いや、二度目の再会だったかな。

初期メンバーの松原広美もちょうどその頃に
BeGood Cafeに入って、greenz.jpが
スピンアウトしたときに一緒にやらない?と声をかけました。

でもそのときYOSHは海外に行ったまま帰ってこなくて(笑)、
まずはひろみと二人で独立することになりました。

そういえば、「greenz.jp」って名前も、
シキタさんが名付け親ですよね。
 
シキタさん そうそう。
「グリーン」がいいと思ったんだけど、
お名前.comで調べたら「greens」は
緑の党じゃないですか。
同じ意識を持ってるけど、同じじゃない。
だからZ(ゼッド)をつけて、
「greenz」にしようと。
このロゴも気に入っています。
 
鈴木 いいですよね。勾玉にも見えるし、
おなかにいる赤ちゃんにも見えるし、
いろんな捉え方ができる。
 
シキタさん green drinksも続けているんでしょう?
 
鈴木 はい。BeGood Cafeにたくさん参加した経験から、
おいしいとこだけとりましたって感じです(笑)

まず音楽関係はかっこいいけど
僕たちには大変だからDJとかライブはやめて、
ケータリングとオープンマイクは取り入れました。

トークライブも最初はBeGood Cafeのスタイルでやって、
最近は来た人が主役のワークショップをやっています。
あと平日の夜、月に1回っていうのも同じですね。
開催日も、木曜日が同じなのにびっくりしました。
 
シキタさん 毎月ずっと続けているの?
 
鈴木 続けてます。
2009年からだから、もう70回くらいですね。
とにかく少ない体力で継続していくことを
大事にしています。

green drinksを全国に広げていこうというのも、
ある意味BeGood CafeからのDNAを受け継いでいますね、

BeGood Cafeはイベントを核にしながら
コミュニティをつくっていましたが、
グリーンズもウェブとしては成立して、
コミュニティもできてきて、
次はムーブメントかなと思っています。

まず取組もうとしているのが、
政治とエネルギーを取り戻すこと、ですね。
 
シキタさん 時代もそういう方向を向いているし、
いい火付け役になれそうだね。
これからも、楽しみにしています!
 
鈴木 はい、がんばります!
今日はいろいろと懐かしい話ができてよかったです。
ありがとうございました!
 




LIST

祝7周年!編集長YOSHが選ぶ、
「グリーンズ史に残る伝説の記事」

by YOSH


今回は僭越ながら、僕が担当させていただきます!(YOSH)


編集長YOSH

こんにちは、編集長のYOSHです。
いつもグリーンズをご支援いただき、本当にありがとうございます。

僕がグリーンズに関わったのは26歳のとき。
フリーランスとして独立し、初めていただいた仕事のひとつでした。
そうこうして編集長になったのが31歳のとき。もうそろそろ丸3年になりますが、
そのとき発行人の鈴木に言われたひとことが、今でも心に残っています。

「YOSHがグリーンズのいちばんの読者なんだよ」

当たり前のことかもしれないけれど、
毎日グリーンズを見ている時間は、他の誰にも負けたくない。
グリーンズの記事にあるキラキラした言葉の影響を、
モロに受けていつもワクワクしていたい。

その気持ちがある限り、僕は編集長を続けるのだと思います。
まだまだたくさん、やるべきことがある。そんな幸せを噛み締めながら。

とはいえ、グリーンズのそのものを高めてくれているのは、
決して僕ひとりの力ではなく、ライターさんの記事の力です、感謝!

そこで今回は、この記事が公開されたことで、
グリーンズのステージがガラリと変わったと思える、
グリーンズ史に残る伝説の記事を厳選してみました。 (とっても悩みました...)

これからもグリーンズの伸びしろを表現できるような記事を、
日々どん欲に、発信していきたいと思います。ぜひ御覧ください。



スターバックスの紙コップ利用を減らすためのアイデアコンペに優勝したのは
コップのデザインではなく、“行動”をデザインするものだった!!

伝説はひとけた違う
グリーンズ歴代No.1のアクセス(150,000pv)を集めた、伝説のなかの伝説記事。一日だけで50,000pvを突破したときは、解析ツールを眺めながらゾクゾクが止まらなかったことを覚えています。おかげさまで2011年の上半期だけで、ユニークユーザー数は約二倍に(55,000→110,000)!2011年はTwitterが全盛期で、面白い事例がとにかくRTされたころ。おそらくこの記事で「初めてグリーンズを知った」という方も、たくさんいたかもしれませんね。改めて石村さん、感謝!


こんなリゾートほしかった!
海辺の一軒家を丸ごとレンタルできちゃう「Nowhere resort」

マイプロ記事の先駆け
2011年は、グリーンズにとってマイプロジェクト元年でした。アウトドアウェディングや東京シャボン玉倶楽部など、周りで面白いプロジェクトがどんどん立ち上がるなかで、海外記事だけでなく日本の事例を紹介する方向に舵を切ることにしたのです。3月には震災が起こったこともあり、自分ごとに取り組む人が増えていくのをよりリアルに感じられた時期でもありました。Twitterで拡散する話題性のある話だけでなく、Facebookのように「いいね」や共感で記事を広げていくにはどうしたらいいのか。2010年のこちらの記事は、今振り返ると、グリーンズのインタビュー記事の定番が見えてきた記念碑的な記事だと思っています。池田さん、感謝!


ついに国会で可決!
NPO界に衝撃の新ルール「3K☓100」が実現!

ムーブメントのそばに
グリーンズは今年、エネルギーと政治を重点テーマにおいています。僕がじわじわ広がる漢方薬的なコンテンツの担当だとすれば、発行人の鈴木が特効薬的なムーブメント担当。時がたっても色褪せないアイデアたちがグリーンズの魅力ですが、それだけでなくタイムリーな情報を発信できるよう、これから体制をととのえていきたいと思っています。そのなかでこの「新寄付税制」は、その方向性に改めて気づかせてくれた記事でした。きたちゃん、感謝!

▼ そのほか、YOSHおすすめの懐かしい記事はこちら!
(1) お知らせ:greenz.jp世界進出!世界で最も影響力のあるグリーンメディア Treehugger.comへニュース配信開始!
(2) 謹賀新年2009 greenz.jpよりみなさんへの動画年賀状!!
(3) お知らせ:WebDesigning×greenz.jpコラボ!『社会を変えるWebクリエイティブ』特集、発売中。
(4) greenz.jpもガッツリ共同編集させていただいたメトロミニッツ「POWER OF SOCIAL DESIGN」特集!
(5) 4年ぶりのリニューアルに込めた思いとは?新しくなった「greenz.jp」のポイントをおさらい!




COMMUNITY

greenz.jp元副編集長モリジュンヤさんに聞く
「グリーンズをつくるということ」

with Junya Mori / interview by Eri Kimura


グリーンズのメディア運営は、いつも試行錯誤の繰り返し。
ある課題を乗り越えるために、その時々のメンバーが考えた仕組みが、
グリーンズの"文化"として残り続けています。

今回は、2010年から11年まで副編集長を務め、
今のグリーンズの礎を築いてくれたモリジュンヤさんに
お話を伺いました。(えり)



エディター/ジャーナリストのモリジュンヤさん

えり ジュンヤさんは、2011年の秋くらい、
私が入る少し前にグリーンズを卒業されたんですよね。
 
ジュンヤさん そうですね。
今はフリーで編集やメディア運営などの仕事をしています。
 
えり そもそも、グリーンズに関わる
きっかけは何だったんですか?
 
ジュンヤさん まだ学生だった2009年のころに、
R水素ネットワークの事務局で
非常勤スタッフをしていました。
そのとき、グリーンズとオフィスが一緒だったので、
グリーンズの人たちとも面識があり、
菜央さんからグリーンズのTwitterアカウントの
運用のお仕事をいただいたのが最初でしたね。

その後、2010年の6月ごろに
ライターやってみない?と声をかけてもらって。
 
えり ちょっとずつ関わっていった感じなんですね。
 
ジュンヤさん そうですね。編集部には、
2010年の夏ごろに、編集アシスタントとして
入ることになりました。
 
えり もともと編集には興味があったんですか?
 
ジュンヤさん 初めは編集というより、
広告クリエイティブなどコミュニケーションに
関する仕事に広く興味があったんです。
でも、「何のためにメッセージを発信するのか?」って
考えたときに、イマイチわからなくて。

その頃は「社会のため」だったら、
やる価値があると思って、NPOや社会貢献といった分野の
情報発信に関心を持つようになりました。

そのころ「サステナ」のマエキタさんが
やられていたピースアドとか、
ソーシャルクリエイティブと呼ばれるものに
関心を持つようになっていて、

YOSHさんのブログも読んでいたので、
それでgreenz.jpを知り、
R水素ネットワークの求人は
greenz.jpの記事で知りました。
 
えり 編集は独学で学んでいったんですか?
 
ジュンヤさん はい、編集部に入ったはいいものの、
メディア運営の経験なんて全然なかったので、
試行錯誤しながら、という感じでした。

本を読んだり、海外ニュースメディアをチェックして、
インプット量を増やしたり、
あとはTEDxなどグリーンズと
相性の良さそうなところに行って、
ネットワークを広げるようにしましたね。

記事については、YOSHさんと
毎週二人で面白いと思った海外のネタを共有して、
どれを紹介するか決めて、
ライターさんに執筆をお願いするようにしていきました。
 
えり 今のグリーンズの基礎が、
そのころに作られていたんですね。
 
ジュンヤさん わくわくするニュースを
ちゃんと伝えられるようにはなっていたのですが、
日本の事例もどう伝えていくかはそのときの課題でした。
今は日本の事例も伝えられるようになっていますけどね。
 
えり ジュンヤさんがグリーンズにいたときも、
いつもグリーンズの課題を
指摘してくれていたと聞いています。
 
ジュンヤさん 一番greenz.jpを見ている時間が長かったので、
課題も見つけやすかったのだと思います。
 
えり グリーンズに入ってよかったと思うことは?
 
ジュンヤさん 自由に自分で考えて、
それを「やってみたら?」と言ってもらえる
環境だったので、いろんなことに
挑戦できたのはよかったですね。
 
えり 確かに、それは今も変わっていませんね。
最後に、ジュンヤさんにとって、グリーンズとは?
 
ジュンヤさん 町中にある小さな公園というイメージ。
子ども連れの家族やゆっくりしている人たちなど、
いろんな人がいて、そこにいるとみんな
リラックスしたり楽しそうにしている場所、でしょうか。
 
えり そこで一緒に楽しみたいのか、
それを見ていたいのか、どちらでしょう?
 
ジュンヤさん 楽しそうにしている人たちを
見ていたいという気持ちが強いですね。
その公園がみんなにとって安らげる、
心地良い場所であってほしい。
だからたまに様子が気になるんだと思います。
 
えり そんないい場所であり続けられるよう
頑張ります!今日はありがとうございました!
 




Q&A

フクヘンおのっちに質問です。
「手料理はだれに習ったの?」

with Ryota Eto


メルマガの〆は、greenz people と一緒につくるフリートークの質問コーナーです。
ご質問・ご意見などは people@greenz.jp までお気軽にお寄せ下さい!



今回は、株式会社JMS代表取締役の衛藤涼太さんが質問します

Q. 手料理はどこのだれに習ったんですか?

facebookを見てると、いつも美味しそうな料理の写真が貼ってあるのですが、あの料理はどこのだれに習ったんですか?結婚しても奥さんのために料理を作ってあげますか?僕も食べたいです。(衛藤)

▼ ▼ ▼


フクヘンの小野が答えます

A. やったらできた、本当にそんな感じです。

料理を習ったことは一度もないんです。母親の料理の手伝いも、実家にいる頃、気まぐれにしていた程度。やったらできた、というとなんだか鼻につく言い方ですが、本当にそんな感じなんです。ただ、母親が料理好き(何かひとつのレシピを極めるというよりは、レパートリーが抱負なタイプ)でしたし、美味しいものを食べるのは小さいころから大好き(「好きなもの、食べていいよ」と言われるとその店で一番高いものを遠慮なく注文するタイプ)だったので、素養はあったのかもしれません。

毎日外食が続くと、考え過ぎなのかもしれませんが、なんだか心が満たされない気がしてしまって、少なくとも週に3、4回は晩ご飯を自分でつくることが目標です。素材も自分で選べて安心ですし、素材同士の組み合わせもすごく自由。味付けも化学調味料は使わず自分好みで仕上げられるので、外食するより美味しいと感じることもしばしば。美味しさの種類が違うと言った方が正確でしょうか。

料理をよくつくるようになって、食材ひとつひとつの味に敏感になりました。この料理はどんな食材が入っているのかな、とか、この食材とこの食材を組み合わせるとどんな味になるかな、とか。たまには組み合わせに失敗することもありますが、思い通りに(じゃなくても美味しく)できたときは「よし!」って感じですね。

料理をつくるのは基本的に好きですが、自分のためだけにつくる料理は圧倒的に手抜きですし、やっぱり誰かのためにつくる方が楽しいですよ、張り合いがあると言うか。美味しくできたか相手の反応にはいつもハラハラしますが、それも含めて楽しいので、結婚しても相変わらずつくるんだろうと思います。衛藤さんもいつか食べに来てくださいね!



最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
次回の発行日は<7月23日(火)>の予定です。お楽しみに!



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