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私のお気に入りのSF小説作家、ダニエル・スアレスの作品を読み終えました。テーマは反重力。浮世離れした世界にことごとく適応していく登場人物たち。彼らに対し
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こんにちは。7月21日(火)です。
今週のメールマガジン
モノガタ レ クスプレス
をお届けしています。
#137 < 弱みも必要 > サイエンス・フィクションの難しさ
// 登場人物と読者のリテラシーと感情移入
まだ見ぬ世界のお話、SFジャンル
先週のメールマガジンで紹介をした ITコンサルタント出身の作者、ダニエル・スアレス。彼の作品の5つめ(全6作)を読み終えました。
ジャンルは テクノ・スリラー。まだ見ぬテクノロジーを扱いながら、なぞかけや事件要素があるスリラーをかけ合わせたジャンルです。
この2つの要素だけでも難しいのですが、今回読み終えた『 flux 』のテーマは 【 反重力 / gravity mirror 】。
任意の範囲で重力を逆さにできる装置の大発明。そしてこれを巡る事件簿。なにせ重力が逆さになる理屈を追うだけでも難しいのですが、それ以外にも反重力にまつわる色々なテクノロジーがわんさかと登場。
そして、それらテクノロジーを使いこなす、超人的な登場人物たち...
浮世離れした話のどこに取り付く島があるのか
、ムズカシイ。。。
というテーマで今回はお届けいたします。
物語りの3つのスパイス「皮肉/悲哀、ユーモア、哲学」
物語を動かす3本柱は、正義(主人公/お客さま)、悪者(課題など)、ガイド(物語る、あなた)でした。
そして、物語りの登場人物たちを深めるのはこの3つのスパイス
皮肉/悲哀、ユーモア(手に入れたいものが入らない愛くるしさ)、哲学
です。
さて、今回読み終えた『 flux 』。
登場人物たちは、ことごとくムズカシイテクノロジーを使いこなす超人たち。あまり感情移入が出来なかったなぁ...
というのが読後の感想です。天才たちの世界...でした。
ただ、私も読み終えたのには理由がありまして、それはやはり
作者ダニエル・スアレス自身が持つテーマに共感をしている
からです。
そのテーマは幾度か紹介しています。なにかというと、
"人間らしさ(humanity)" についての問いかけ
です。
ちなみに、本作 flux の舞台設定そのものは魅力的でした。
※以下、舞台設定を述べます。ただ当該部分は本の裏側(概要欄)にも書いてある内容。映画化が噂されておりますが詳細には触れないのでご安心ください
近未来の世界。発明家である主人公は、さびれた研究室で出資者にせっつかれながら革命的な発明を成しえます。それは、反重力。反重力が現実的なものになれば、人間の移動手段はいわずもがな、重力有る世界が前提で組み立てられてきた基本的な学問・研究にとてつもない影響を及ぼすことになります。
しかし、この反重力。人類にとってコペルニクス的転換(地動説、天動説)をもたらしうるが、出資者にとっては魅力的ではありません。なぜならば、すぐお金にならないから。
そこでこの出資者は、この反重力がもたらす金銭的な価値を測るべく、発明家とは別の大学教授を研究室に呼び、反重力を見てもらうことにしたのでした。
呼ばれた大学教授は、反重力を目の当たりにして驚愕。出資者たちに対しては「すぐに経済的な価値を生み出すことはできないだろう。君たちでは金銭的にサポートは出来ないだろうから、わたしの知り合いの出資者グループに連絡をする」。
そう述べて電話をした先が... ナントナント、
天才が実現させた世の中を驚かせるような技術を "
抑制する
" 秘密政府機関...
だったのです。
この機関の目的は、
現在の政治経済の枠組みを維持すること
にあります。彼らの観点からすると、反重力は現在の枠組みを壊しうるもの。よって、主人公の発明は封印の対象となりました。
そして主人公自身には、2つの選択肢が与えられます。
1.日の目を見ないけれど秘密政府機関内でゆるやかに研究開発を行うこと
2.組織への所属を同意しなくば投獄生活をすることになる
とんでもない話ですが、話が面白くなるのは後者の投獄をされること。主人公は自ら自由を選び闘いを繰り広げます。
そこからまつわる事件の連続が本作の筋書きです。
この舞台設定には、
人間の自由とは、人類にとって技術発展は望ましいものなのか、経済という枠組みは技術発展とともにあるものなのか
等が含まれています。
まさしく著者の通底するテーマ "人間らしさ(humanity)" がここにはあり、そのテーマで読者を引っ張ってくれます。
ただ、
反重力以外にも様々な技術テーマが飛び出し、そして、それらを理解し使いこなす登場人物たちが超人的すぎて感情移入ができない
(^^;) これは先に述べたとおり。
物語りのスパイス、皮肉/悲哀は人類全体にかかっているのですが、登場人物たちにはこのスパイスがかかっていない
のです。
言い換えると、読者と登場人物の接点は、テクノロジーに関するリテラシー(情報の範囲)のみにとどまっている
ように感じました。
まだ見ぬ未来を語るサイエンス・フィクション。
サイエンスはただでさえ感情移入がムズカシイのですが、人間の機微を含むスリラー部分での感情移入もできなかった
。
これが本作の難しさだったと思います。
とはいえ、主人公にはいくつかの "弱さ" もありました
。
主人公の人間味
※ここは若干本文をなでますが、話の内容までには踏み込みません
一般的な物語では、主人公には敵がおり、そして敵との関係を克服するためのガイド(味方)がいます。ご多分にもれず本作もこの構造は成り立っていました。
ちなみに、主人公自体も 皮肉や悲哀を抱えており、いわば弱みを読者にさらしてくれました(でも感情移入までには至れない)。
その悲哀や皮肉は偶然にも本メールマガジンでも触れているスリラー小説デビッド・バルダッチ作「エイモス・デッカー」シリーズの主役と同じ性質。
それは
風景が色付きの数字に見える
共感覚
。この能力ゆえ、通常の人には見えない情報構造がひらめき反重力の発見につながって
います。
しかし、悲哀や皮肉を抱えても 本作 flux の主人公には感情移入が出来ない
のです。
なぜか
。
対照的ですが、デビッド・バルダッチ作「エイモス・デッカー」シリーズの主人公には感情移入ができる。こちらの主人公は、この共感覚ゆえ優れたところもありながら、悩みも抱える姿を出していること。そして、徐々に共感覚が薄れつつある様子も描かれているので
歩みを共にできる
。
一方、flux の主人公は共感覚だという
事実が述べられているのみ
。
共感覚を抱えることの悩みは述べられておらず、なのです。さらに主人公は強力なテクノロジーを使いこなしているのでなおさら感情移入ができなくなってしまう
。
主人公は牢獄に入れられ、それなりの苦痛も味わうことにもなります。苦痛を味わう主人公に感情移入ができるかというと、
痛みのみだけでは読者は感情移入ができないのです。
痛みに加え、登場人物の弱みの強弱や変化
。それらが合わさってはじめて感情移入ができるのが人間なのかもしれません
。
ダニエル・スアレスが一連の小説でかかげる「人間性とはなにか」というテーマ。ここに私は共感し、興味を覚え、スアレスが描く世界を読みたいがゆえ彼の作品を手にとっています。
しかし、スアレスは作品によって登場人物に感情移入できるときと出来ないときの差が激しいのも事実。
物語りには読者を引き込むスパイスがやはり必要
なのだなと実感しています。
振り返りますと、話のスパイスはこの3つでした。
皮肉/悲哀、ユーモア(手に入れたいものが入らない愛くるしさ)、哲学
いずれかの要素を含めたいですね。
コーヒーブレイク
ダニエル・スアレスは小説の文末に参考文献を載せるのがスタイル。それほど研究熱心な作家であることを示しています。
しかし、今回は重力に変化を起こすという基礎部分のテクノロジーをテーマにしたため、それにまつわる技術話も壮大に感じました。
途方もない分量の資料を用意したに違いありませんが、ある程度の絞り込みも必要だったのかもしれません。登場人物が超人的だったのは、広大なテーマの整合性を合わせるために致し方なくだったのかな、なんてことも感じています。
:::編集後記:::
そして、ダニエル・スアレスの最新作(2019)、『⊿(デルタ)V』にも手を付け始めました。今回のテーマは「宇宙」。冒頭に経済学の解説が入り不意打ちを食らっています(笑) ただ、この経済学観がユニーク。やはり興味深い作者だなと感じています。
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